「兄は残したいと言う。でも自分は、早く売ってしまいたい」
相続した実家をどうするか。
この問いが難しいのは、正解が一つに決まらないからではありません。
売る・貸す・住むのどれを選んでも誰かが何かを諦めることになり、それを口に出しづらいからです。
こんにちは。
元住宅メーカー営業で、宅地建物取引士・2級ファイナンシャル・プランニング技能士の家守誠です。
父を見送ったあと、私は実家を3年間そのままにしました。
決めたくなかったのではなく、決め方が分からなかったのです。
この記事では、実際に所有者が選んでいる出口のデータ、判断より先に来る3つの期限、「とりあえず貸す」が税制上どれほど高くつくか、そして我が家の答えを絞り込む4つの質問まで、順にお伝えします。
目次
実際にいちばん選ばれているのは「決めないこと」
国土交通省が2025年8月29日に公表した令和6年空き家所有者実態調査では、空き家を持つ世帯に今後5年程度の利用意向をたずねています。
結果は、相談室に届く声とほぼ重なりました。
| 今後5年程度の利用意向 | 空き家の総数 | 使用目的のない空き家 |
|---|---|---|
| 空き家として所有しておく(物置含む) | 31.7% | 40.6% |
| 売却する | 19.5% | 18.3% |
| 別荘やセカンドハウスなどとして利用する | 19.1% | 9.0% |
| 取り壊してさら地にする | 14.1% | 19.2% |
| 所有者や親族が住む | 7.5% | 6.6% |
| 賃貸する | 5.1% | 2.8% |
相続した実家に近いのは、右の「使用目的のない空き家」です。
所有し続けるが40.6%で群を抜き、売却18.3%と取り壊し19.2%が続き、賃貸はわずか2.8%しかありません。
売る・貸す・住むは横並びの三択に見えて、現実には「貸す」がほとんど選ばれていないのです。
理由も同じ調査に出ています。
空き家のまま所有しておく理由の上位は、物置として必要が55.8%、解体費用をかけたくないが47.3%、住宅の古さが37.0%でした。
積極的に残しているのではなく、動かす費用を出したくないから止まっている。
私の3年も、まさにこれでした。
止まっている間も、お金は出ていきます。
同調査で空き家の年間維持管理費を見ると、最も多い価格帯は10〜20万円未満の16.7%で、20万円以上も17.0%あります。
仮に年15万円なら、3年で45万円。
その間に建物の傷みは進み、買い手が値段をつけにくい家に近づきます。
この調査には、もう一つ見逃せない数字があります。
相続で空き家を取得した世帯のうち、相続の前に何らかの対策を講じていたのは23%だけでした。
そして対策を講じた世帯では「空き家として所有しておく」が約23%にとどまるのに対し、講じていなかった世帯では約35%に上がります。
生前に一度でも家族で話していたかどうかで、相続後に動けるかどうかが変わっているのです。
親が元気なうちに「あの家、どうしようか」と切り出しておく価値は、この差に表れています。
判断より先に、動かせない3つの期限がある
売るか貸すか住むかを話し合う前に、家族で共有してほしい期限が3つあります。
どれも、こちらの都合では動きません。
| 期限 | 内容 | いつまでか |
|---|---|---|
| 相続登記の申請義務 | 名義を相続人へ移す。怠ると10万円以下の過料 | 取得を知った日から3年以内 |
| 空き家の3,000万円特別控除 | 売却益から最大3,000万円を控除 | 相続開始から3年目の年末、かつ2027年12月31日まで |
| 取得費加算の特例 | 納めた相続税の一部を取得費に加算 | 相続開始から3年10か月以内 |
相続登記は2024年4月1日から義務になりました。
法務省の相続登記の申請義務化についてによれば、期限は「自己のために相続の開始があったことを知り、かつ、その不動産の所有権を取得したことを知った日から3年以内」で、正当な理由なく怠ると10万円以下の過料の対象です。
施行日より前に相続した未登記の不動産も対象で、こちらは2027年3月31日までに申請する必要があります。
名義が亡くなった親のままでは、売ることも、担保に入れることもできません。
話し合いがまとまらない家ほど、まず登記を済ませておくべきです。
相続税を納めた方には、もう一つ相続財産を譲渡した場合の取得費の特例があります。
相続税額の一定額を取得費に加算でき、その分だけ売却益が圧縮されます。
使えるのは相続開始のあった日の翌日から相続税の申告期限の翌日以後3年を経過する日まで、つまり相続開始からおよそ3年10か月です。
「落ち着いてから考えよう」と四十九日を過ぎ、一周忌を過ぎ、三回忌が見えてくる頃には、この3年10か月はもう半分以上が過ぎています。
「とりあえず貸す」が3,000万円を消す
判断を先送りしたい方が思いつく折衷案が、「しばらく貸して、様子を見てから売る」です。
気持ちは分かります。
ただ、この順番だけは慎重に決めてください。
国税庁の被相続人の居住用財産(空き家)を売ったときの特例は、一定の要件を満たせば売却益から最大3,000万円を控除できる制度です。
その要件の一つが、「相続の時から譲渡の時まで事業の用、貸付けの用または居住の用に供されていたことがないこと」。
相続してから売るまでの間に一度でも人に貸せば、この特例は使えなくなります。
金額にすると、影響は小さくありません。
売却益が1,000万円出た場合、長期譲渡所得の税率20.315%で約203万円の税金がかかります。
控除が使えれば、この203万円がゼロになります。
数か月の家賃と引き換えに失うには、大きすぎる金額です。
この特例には、ほかにも条件があります。
- 昭和56年5月31日以前に建築された家屋で、区分所有登記がされていないこと
- 相続の開始直前に被相続人が一人で住んでいたこと
- 売却代金が1億円以下であること
- 相続の開始があった日から3年を経過する日の属する年の12月31日までに売ること
- 制度そのものの期限は2027年12月31日までの譲渡
2024年1月1日以後の譲渡では、家屋と敷地を相続した相続人が3人以上の場合、控除額は2,000万円に下がります。
一方で、買主が引き渡し後に耐震改修や取り壊しを行う場合も対象に加わり、売主が先に工事を済ませておく必要はなくなりました。
古い家を現況のまま売りやすくなった改正です。
なお、相続で取得した不動産は亡くなった方の取得時期を引き継ぎます。
相続してすぐ売っても、親が長く持っていた家なら長期譲渡所得として扱われ、短期の39.63%が適用されることは通常ありません。
ここは多くの方が誤解している部分です。
売る・貸す・住むを、費用と手間で並べる
制度を押さえたら、3つの選択肢を同じ物差しで比べます。
感情の話は、数字を並べたあとのほうが進みます。
| 選択肢 | 最初に出ていくお金 | 手間 | 続くリスク | 向いている家 |
|---|---|---|---|---|
| 売る | 家財処分、測量、解体費(30坪木造で120〜200万円程度) | 数か月から半年 | 売却後に後戻りできない | 今後使う予定がない、遠方、傷みが進んでいる |
| 貸す | 改修費(部分改修で数十万〜200万円、全面なら500万円以上) | 入居者募集と管理が続く | 空室、原状回復、税制優遇の喪失 | 駅や病院が近く、借り手が見込める |
| 住む | 耐震・断熱改修、水回り更新 | 引っ越しと生活の再設計 | 家族の合意、将来の二次相続 | 自分か子が5年以内に住む予定がある |
貸すことの難しさは、家賃がつくかどうかより前にあります。
先ほどの国交省調査で賃貸または売却を考えている世帯にたずねた課題は、住宅の傷みが43.3%、借り手・買い手の少なさが40.3%、家財などの処理が37.4%でした。
空き家全体で見ても、部分的な腐朽・破損がある家が約43%、構造上の不具合が生じていた家が約20%あります。
親が長く暮らした家ほど、貸せる状態にするまでの距離が遠いのです。
改修費を回収できるかは、割り算で確かめられます。
200万円をかけて月5万円で貸せたとしても、家賃だけで元を取るには約3年4か月。
固定資産税、火災保険、管理会社への手数料、退去時の原状回復費を引けば、5年、6年と伸びていきます。
その間に入居者が見つからない月があれば、回収はさらに遠のきます。
住む場合は、きっかけの見極めが要ります。
同じ調査で親族が住む意向の世帯に理由を聞くと、家族構成の変化が34.7%、高齢期の暮らし方の変化が32.0%でした。
「いつか誰かが住むかもしれない」ではなく、子の独立や定年といった具体的な予定があるかどうかで線を引いてください。
兄弟で意見が割れたら、共有のまま止めない
いちばん多い行き詰まりは、相続人どうしで結論が違うときです。
実家を法定相続分で共有名義にすると、売却も賃貸も共有者全員の同意が必要になります。
一人が反対すれば何も動かず、その間の固定資産税と管理の負担だけが続きます。
分け方には、共有のほかに二つあります。
- 換価分割:実家を売り、手取りの現金を相続分に応じて分ける
- 代償分割:一人が実家を取得し、他の相続人へ相続分に見合う金銭を支払う
代償分割は、実家を残したい相続人がいるときの有力な方法です。
ただし、取得する人がまとまった現金を用意できなければ成立しません。
評価額2,000万円の実家を兄弟2人で分けるなら、家を取る側が1,000万円を相手に渡す計算になります。
この資金を準備できないまま「自分が引き継ぐ」と主張すると、話は必ず止まります。
残したい側こそ、金額を先に確かめてから口にしてください。
住宅営業の頃から見てきて思うのは、もめている家はたいてい金額を知らないまま話していることです。
売った場合の査定額、貸した場合の家賃査定、改修や解体の見積もり。
この3つを同じ日に並べると、「残したい」と言っていた方が費用を見て考えを変えることもあれば、逆に手元に残る額を見て納得したうえで残す判断に落ち着くこともあります。
数字は、誰かを説得するためではなく、全員が同じ景色を見るために集めてください。
我が家はどれか。4つの質問で絞り込む
最後に、家族で答えを出すための質問を4つ用意しました。
紙に書き出して、相続人全員で答えてみてください。
- 5年以内に、自分か家族がその家に住む具体的な予定がありますか
- その家は、今日から人が住める状態ですか
- 相続人は何人いて、全員と連絡が取れていますか
- 最初に出ていく100万円から200万円を、誰が負担できますか
1に「はい」と答えられるなら、住む方向で改修計画を立てる価値があります。
1が「いいえ」で2も「いいえ」なら、貸す選択肢は現実的ではありません。
改修費をかけて借り手を待つより、現況のまま売るほうが手元に残る金額は大きくなります。
3で連絡の取れない相続人がいるなら、答えを出す前に相続登記と相続人の確定を先に進めてください。
特に遠方の実家では、決断の遅れがそのまま負担に変わります。
同じ国交省調査で空き家の管理上の課題を聞くと、管理の作業が大変が31.7%、遠方に住んでいるので往訪が困難が21.6%を占めました。
帰省のたびに草を刈り、郵便物を片づける往復は、数字に出ない費用です。
4で誰も費用を出せないなら、家財が残ったままでも引き取る買取業者への相談が、実際に動かせる選択肢になります。
判断に自信が持てないときは、査定と家賃査定を同時に取ってください。
不動産会社への査定依頼は無料で、売る決断をしていなくても構いません。
数字が出れば、家族の話し合いは一気に具体的になります。
まとめ
相続した実家の出口は、売る・貸す・住むの三択に見えて、実際に多くの世帯が選んでいるのは「そのまま所有し続ける」でした。
その理由の多くは解体費用や改修費への不安で、決めない間も年10〜20万円前後の維持費が出ていきます。
判断の前に押さえるべきは3つの期限です。
相続登記は取得を知った日から3年以内、空き家の3,000万円特別控除は相続開始から3年目の年末かつ2027年12月31日まで、取得費加算は相続開始から3年10か月以内。
そして、途中で一度でも貸せば3,000万円の控除は使えなくなります。
私が実家を3年置いて学んだのは、迷っていた時間そのものが費用だったということです。
今週、登記簿と固定資産税の課税明細を出して、家の名義と評価額を確認するところから始めてみてください。
売ると決める必要はまだありません。
まず、家族全員が同じ数字を見られる状態をつくりましょう。
そこまで来れば、答えは自然と絞られます。
