「どこから手をつければいいのか、見当もつかない」
親を見送ったあと、実家の部屋を見渡したまま立ち尽くす。
私もそうでした。
父の四十九日が過ぎたころ、押し入れの前に30分ほど座り込み、結局その日は段ボール1箱も片付けられずに帰りました。
ただ、本当につまずいたのは物の量ではありません。
妹に何も言わないまま作業を始めようとした私は、「勝手に決めないで」という一言で完全に手が止まりました。
あの一言がなければ、たぶん今も気まずいままだったと思います。
こんにちは。
元住宅メーカー営業で、宅地建物取引士・2級ファイナンシャル・プランニング技能士の家守誠です。
この記事では、遺品整理に手をつける前に確認すること、家族への最初の連絡の出し方、仕分けと費用分担の決め方、業者の使い方までを順に解説します。
目次
遺品整理でつまずくのは、物ではなく人
遺品整理の記事を読むと、たいてい「重要書類を探す」「仕分けをする」という作業の話から始まります。
けれども実際に工程が止まる原因は、物ではなく人の側にあります。
「うちは財産なんてないから、もめようがない」と考える方は多いのですが、数字はその逆を示しています。
最高裁判所事務総局の令和7年司法統計年報(家事編)によると、家庭裁判所の遺産分割事件で調停成立などにより結論が出た8,399件のうち、遺産の価額が5,000万円以下だったのは6,508件で、全体の77.5%を占めます。
1,000万円以下に限っても2,967件、35.3%です。
つまり、家庭裁判所まで持ち込まれる争いの4件に3件は、いわゆる資産家の相続ではありません。
実家1軒と預金いくらか、という私たちに近い家庭の話です。
しかも、いったんこじれると長引きます。
同じ統計では、結論が出るまでに1年を超えた事件が3,490件あり、割合にして41.6%にのぼりました。
さらに、結論が出た事件の83.9%で代理人弁護士が関与しています。
兄弟同士の話し合いで済んだはずのことに、時間と弁護士費用が上乗せされるわけです。
家財を処分するだけなら、業者に頼めば1日で終わります。
けれども家族の感情がこじれたら、1年かけても戻りません。
だから遺品整理は、人、期限、物の順番で進めます。
手を動かす前に確認する3つのこと
段ボールと軍手を用意するのは、次の3点を確認したあとです。
順番を逆にすると、取り返しのつかない事態になることがあります。
相続放棄を考えている人がいないか
親に借金があるかもしれない場合、まず絶対に物を動かさないでください。
民法第921条第1号は、相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認をしたものとみなすと定めています。
形見のつもりで指輪を持ち帰る、家電をリサイクルショップに売る、こうした行為が「処分」と評価されると、借金も含めてすべて引き継ぐ意思を示したと扱われるおそれがあります。
相続放棄の判断期限は、同じく民法第915条により「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内」です。
借金の有無がはっきりしないうちは、この3か月を調査に使ってください。
期間が足りなければ、家庭裁判所に伸長を申し立てられます。
賃貸か持ち家かで、締め切りが変わる
親が賃貸住宅に住んでいた場合、待ってくれるのは家賃だけです。
気持ちの整理がつかないまま月をまたぐと、住んでいない部屋に数万円を払い続けることになります。
一方、持ち家は締め切りがないぶん、かえって止まります。
私の実家がまさにそれで、「いつでもできる」と思っているうちに3年が過ぎました。
持ち家なら、家族で決めた期限が唯一の締め切りです。
賃貸で時間が足りないときは、大家さんや管理会社に事情を話して、明け渡しの日を相談してみてください。
黙って延滞するのと、先に相談するのとでは、相手の対応がまるで違います。
遺言書とエンディングノートを先に探す
仕分けを始める前に、遺言書を探します。
あとから出てくると、決まった話が振り出しに戻るためです。
探す場所は、仏壇、金庫、タンスの引き出しの底、貸金庫、銀行の通帳と一緒の封筒あたりが定番です。
見つかっても、封がされた遺言書をその場で開けてはいけません。
民法第1004条により、公正証書遺言以外は家庭裁判所の検認が必要で、封印のある遺言書は家庭裁判所で相続人の立会いのもとに開封します。
ただし、親が法務局の保管制度を使って預けていた自筆証書遺言だけは、法務局における遺言書の保管等に関する法律第11条により検認が要りません。
揉めない家は「最初の一報」が違う
相続人全員の合意を得てから始めましょう、とはどの記事にも書いてあります。
問題は、その合意をどう取りつけるかです。
私が見てきた限り、こじれる家の連絡はたいてい「片付けたいものがあれば言ってね」の一文で終わっています。
言われた側は「そのうち考える」と思い、そのまま半年、1年が過ぎます。
そして誰かが限界に達して動いた瞬間、「勝手に捨てられた」という話になります。
連絡には3つの要素を入れてください。
- 家の現状と、放っておくと何が起きるか
- こちらが考えている段取りと日程
- 返事がほしい期限と、返事がない場合にどうするか
文面にすると、こうなります。
実家の件です。電気と水道は止めましたが、固定資産税と火災保険が毎年かかり続けています。10月18日の土曜に私が現地へ行き、通帳や書類、写真だけ先にまとめようと思います。持ち帰りたい品があれば、10月10日までに教えてください。返事がない場合は、迷った物はいったん保留の箱に入れて、一周忌まで実家に置いておきます。
このとき忘れてはいけないのが、実家の近くに住む人と遠方の人とでは、見えているものがまるで違うという点です。
近くに住む人は、郵便受けの様子も庭の草丈も知っていて、放置された家の重さを毎日感じています。
遠方の人には、その重さが伝わりません。
だから連絡文には、家の現状を一行でも具体的に書いてください。
「郵便物が受けから溢れています」の一文があるだけで、相手の受け止め方は変わります。
期限を切ることを冷たいと感じるかもしれません。
けれども期限のない相談は、相手に「まだ考えなくていい」という合図を送ってしまいます。
返事が来なければ、送った文面を残したうえで、宣言どおり保留箱に入れて進めれば十分です。
作業の前に、家の中を写真に撮る
現地に着いたら、片付けより先にスマートフォンで撮影します。
これは思い出のためではなく、自分を守るためです。
撮る順番は3層にすると漏れません。
- 部屋ごとの全景(入口から1枚、対角から1枚)
- 引き出し、押し入れ、金庫など収納を開けた状態
- 通帳、印鑑、貴金属、時計など、値段のつきそうな品の個別カット
撮った写真は、その日のうちに家族のグループに送ります。
「何を持ち出したか分からない」という疑いは、あとから言葉で説明しても消えません。
先に全部見せてしまえば、疑いが生まれる場所そのものがなくなります。
写真はスマートフォンの中に置いたままにせず、共有アルバムやクラウドに日付フォルダで残してください。
機種変更で消えると、相続の手続きで「あの通帳はどこにあったか」を思い出せなくなります。
遠方で立ち会えない兄弟がいる場合は、作業中にビデオ通話をつなぐ方法もあります。
30分だけでも一緒に見てもらえば、その人は「参加した人」になります。
仕分けは「保留箱を開ける日」まで決める
物の仕分けは、次の5つに分けると迷いが減ります。
| 区分 | 入れる物 | その場でやること |
|---|---|---|
| 相続財産 | 通帳、証券、権利書、貴金属、自動車 | 触らずリスト化して撮影 |
| 手続きに使う | 保険証券、年金手帳、請求書、契約書、鍵 | 1か所にまとめて持ち帰る |
| 家族が引き取る | 写真、手紙、着物、趣味の品 | 誰が引き取るか名前を書く |
| 売る・譲る | 家電、家具、工具、カメラ | 買取の見積もりを取る |
| 処分する | 衣類、寝具、日用品、生鮮品 | 自治体のルールで出す |
ここで多くの家が用意するのが「保留箱」ですが、たいていは箱を作って終わりです。
開ける日を決めていない保留箱は、数年後にそのまま出てきます。
保留箱には、ふたに開封日を油性ペンで書いてください。
一周忌や三回忌など、家族が集まる日に合わせると決めやすくなります。
その日に全員で開けて、まだ迷う物だけ次の集まりまで持ち越します。
どうしても捨てられない大物は、写真に撮ってから手放すという折衷案があります。
私は父の作業台をこの方法で見送りました。
天板の傷まで撮ってあるので、今も思い出せます。
費用と手間の分担は、着手前に紙で決める
お金の話は、作業が終わってからでは必ずもめます。
着手前に、金額の目安と分け方を決めて紙に残してください。
費用の目安については、総務省行政評価局の遺品整理のサービスをめぐる現状に関する調査結果報告書が参考になります。
実際の見積書75例を集計したところ、10万円超40万円以下が54例で、全体の72.0%を占めました。
50万円を超えた例も9件あります。
ただし同報告書は、この数字がサンプリングなどの統計手法で得たものではないと自ら注記しています。
そのうえで報告書は、遺品整理サービスの料金には公定や公認の仕組みが存在せず、依頼者の立場から相場の見当をつけるのは容易ではないと指摘しています。
つまり相場表の数字は、業者の見積もりを判断する目安にはなっても、正解ではありません。
分け方には、大きく3つの考え方があります。
| 分け方 | 向いている家庭 | 注意点 |
|---|---|---|
| 法定相続分で按分 | 相続する額に差がある | 少なく相続する人の負担感は残る |
| 人数で均等割り | 相続分がほぼ同じ | 作業量の偏りは解消されない |
| 多く相続する人が多めに払う | 実家を引き継ぐ人がいる | 誰がいくら多く出すかを先に明記する |
どの方法を選ぶにしても、費用の台帳には交通費、宿泊費、有給を使った日数まで書き込んでください。
遠方から何度も通った人の負担は、領収書の出ない部分にこそ集まります。
そこを最初から見える形にしておけば、「やった人が損をした」という気持ちは残りません。
業者に頼むなら、第三者の立会人として使う
遺品整理業者は、安く早く片付けるためだけの存在ではありません。
兄弟だけで向き合うと感情が出る場面に、第三者が1人いるだけで、話が業務の相談に変わります。
ただし、この業界には参入のハードルがほとんどありません。
先ほどの総務省の報告書によると、調査に協力した69事業者のうち、遺品整理を専門にしていたのは12事業者だけでした。
残りは廃棄物処理業、ハウスクリーニング、運送業、建設業などからの参入で、全体の75.4%にあたる52事業者が2009年以降にサービスを始めています。
遺品整理サービスそのものを直接規制する業法もありません。
看板の見た目だけでは、経験も体制も分からないということです。
だからこそ、業者選びを間違えたときの損害は取り返せません。
国民生活センターが2025年10月30日に公表した見守り新鮮情報第525号には、当初20万円ぐらいと聞いていたのに作業後に30万円と言われた事例(60歳代)と、大切な書類は残す約束だったのにアルバムや使用中の電話機まで処分され、ゴミ処理場に運搬済みで取り戻せないと言われた事例(60歳代)が紹介されています。
同センターは、依頼前に次の点を確認するよう呼びかけています。
- 廃棄物として収集運搬する事業者は、市町村長の「一般廃棄物処理業の許可」を受けているか
- 遺品を買い取る事業者は「古物商の許可」を持っているか
- 作業日、作業内容、料金、支払方法、解約料が書面で示されているか
- 残す遺品と処分する遺品を明確に分けてあるか
そして、作業時はできるだけ立ち会うことが呼びかけられています。
立ち会いは、業者を疑うためではありません。
その場で「これは残します」と言える人がいるかどうかで、結果が変わるからです。
見積もりは必ず複数社から取ってください。
トラブルが起きたときは、消費者ホットライン188に電話すれば、最寄りの消費生活センターにつながります。
まとめ
遺品整理は、物から手をつけると止まります。
人、期限、物の順番で進めてください。
相続放棄を考える人がいないかを確かめ、賃貸か持ち家かで締め切りを把握し、遺言書を先に探す。
そのうえで家族へ期限を切った連絡を出し、作業前に写真を撮り、保留箱を開ける日まで決めておく。
費用と手間の分担は着手前に紙にする。
ここまでやってから段ボールを開ければ、あとは手を動かすだけです。
私が妹に止められたあの日から学んだのは、遺品整理でいちばん大事な作業は、机の上で終わるということでした。
今日できる一歩は、家族に連絡文を1通送ることです。
日付と期限を入れた短い文で構いません。
実家じまいに早すぎるはありません。
あるのは、もう少し早ければ、だけです。
